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東京地方裁判所八王子支部 昭和30年(ワ)335号 判決

原告 尾崎喜太郎 外一名

被告 佐久間利男 外三名

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一、請求並びに答弁の趣旨

原告ら訴訟代理人は、「被告佐久間利男は、原告尾崎喜太郎に対し、別紙物件目録第一記載の土地につき、東京法務局武蔵野出張所昭和二三年二月一三日受附第五二九号、同年同月一〇日附仮登記仮処分決定に基く東京地方裁判所八王子支部の嘱託により、佐久間辰見のためなされた売買に基く所有権移転請求権保全の仮登記仮処分登記の抹消手続をなし、原告三喜商事株式会社に対し、右目録第二記載の建物につき、東京法務局武蔵野出張所昭和二三年三月四日受附第七九三号、同年二月一〇日附仮登記仮処分決定に基く東京地方裁判所八王子支部の嘱託により、佐久間辰見のためなされた売買に基く所有権移転請求権保全の仮登記仮処分登記の抹消手続をなすべし。被告らは原告三喜商事株式会社に対し、右目録第二記載の建物を明け渡すべし。」との判決を求め、被告ら訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

二、事実上の陳述

(一)  原告ら訴訟代理人の陳述

原告らは、原告喜太郎所有の別紙目録第一記載の土地と、原告会社所有の同目録第二記載の建物とを一括して、昭和二〇年八月四日被告ら先代佐久間辰見に対し、代金八万三〇〇〇円、一応二年内にその代金を支払うこととし代金全額払込次第登記をする約定で、売買手附金一〇〇〇円の交付を受けて売り渡したところ、その後辰見は昭和二三年二月一〇日右土地、建物につき仮登記仮処分決定を受け(当庁昭和二三年(ヨ)第一〇号事件)、これに基き請求の趣旨記載の如き所有権移転請求権保全の仮登記がなされた。然るところ辰見は昭和二六年八月三日死亡し、相続人のうち被告利男を除くその余の者は相続を放棄して、被告利男が相続をなし先代辰見の権利義務を承継したが、未だ辰見、被告共に売買の履行に着手していなかつたので、原告らは昭和三〇年一一月二七日到達の書面で、被告利男に対し、同月二四日手附金の倍額二〇〇〇円を償還のため提供した上(その受領は拒絶された。)、契約解除の意思表示をした。よつて原告らと辰見との間の前記売買は同日解除せられ、前記各仮登記は登記原因を失つて抹消せらるべきこととなつたのであり、また本件建物は原告会社の所有に復帰したのに拘らず被告らは依然これを占有して原告会社の所有権を侵害している。そこで被告らに対しそれぞれ請求の趣旨記載の如き判決を求める。本件においては債務不履行による解除を主張するものではなく、民法第五五七条による解除を主張するものである。

被告ら主張の解除権消滅に関する事実中、原告らの被告ら先代次いで被告らに対する提訴並びに訴訟経過、内容証明郵便到達の事実は認めるが、その余は否認する。

(二)  被告ら訴訟代理人の陳述

原告ら主張の、契約解除の意思表示のなされるまで被告ら先代辰見において売買の履行に着手しなかつたこと、原告らが契約解除にあたり手附金の倍額償還のため金二〇〇〇円を提供したこと及び被告らの本件建物の占有が無権原のものであることはいずれも否認するが、その余の原告ら主張事実は認める。本件契約解除当時解除権は次のいずれの理由によつても消滅していたのであり、従つて解除は無効で売買は依然存続しており、被告利男は所有者として、その他の被告らはその家族として本件建物を占有しているのであつて、原告らの請求はすべて失当である。解除権消滅の事由は次の如くである。

(1)  本件解除権はいわゆる失効した。

本件売買がなされたのは昭和二〇年八月四日であり、手附倍戻しによる本件解除がなされたのは、それから一〇年余を経過した昭和三〇年一一月二七日のことである。そして原告らははじめ本件売買を仮装売買で真実は本件建物の賃貸借であるとなし、賃料不払による賃貸借解除を主張して被告ら先代を相手どり当庁に本件各仮登記の抹消と各不動産の明渡を求める訴を提起し(昭和二四年(ワ)第一〇六号)、それが休止満了となつた後さらに当庁に被告らを相手どつて同様の主張によつて同様の訴を提起し(昭和二八年(ワ)第四九号)、敗訴して東京高等裁判所に控訴し(昭和二九年(ネ)第九九八号)、昭和三〇年七月一九日控訴棄却の判決を受け、これに対して上告した。かように原告らは一〇年以上も約定解除権の行使をせず、その間本件売買は仮装のもので真実は建物賃貸借であり、その賃貸借が解除されたと主張し続けてきたのであるから、被告利男としては原告らがその一貫した主張と矛盾する約定解除権による売買契約の解除をなすが如きことはないものと信頼していたのであり、かく信ずるにつき正当の事由を有していたのであるから、本件解除権の行使は信義誠実に反するものであり、無効である。すなわち、「解除権を有するものが、久しきに亘りこれを行使せず、相手方においてその権利はもはや行使せられないものと信頼すべき正当の事由を有するに至つたため、その後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合には、もはや右解除は許されないものと解するのを相当とする」(最高裁判所昭和三〇年一一月二二日云渡判決)からである。

(2)  仮りに(1) の主張理由なしとすれば、本件解除権は被告ら先代辰見の履行の着手によつて消滅した。

すなわち辰見は二回に亘つて履行に着手したのである。辰見はまず、昭和二二年八月八日売買残代金を原告らのもとに持参し現実に提供したが、「登記所で登記と同時に受け取るから」というので、右残代金を持つて東京法務局武蔵野出張所に赴き、待つたが原告らの出頭がなかつた、次いて辰見は、昭和二三年一二月二日附その頃到達の内容証明郵便を以て原告らに対し、同月八日右出張所において登記と同時に支払うから同日同所に出向ありたき旨通告した上、右指定日に残代金を持つて同出張所に赴き、終日待つたが原告らはついに来なかつた。

三、証拠

原告ら訴訟代理人は、甲第一号証、第二号証、第二号証の一ないし四、第三、第四号証、第五号証の一、二、第六号証を提出し、証人吉川是一、森博義の各証云並びに原告本人兼原告会社代表者尾崎喜太郎の尋問の結果を援用し、乙号各証の成立を認め、被告ら訴訟代理人は、乙第一ないし第三号証を提出し、証人仁科竹彦、手代木佑寿の各証云を援用し、甲第一号証の成立を認めた。(その余の甲号各証に対しては認否を欠く。)

理由

原告尾崎喜太郎所有の別紙物件目録第一記載の土地、原告会社所有の同目録第二記載の建物につき、昭和二〇年八月四日原告らと被告らの先代佐久間辰見との間において原告ら主張の如き内容の売買契約がなされ、辰見から原告らに手附金一〇〇〇円が交付されたこと、次いで右土地、建物につき原告ら主張の如き仮登記がなされたこと、右辰見が昭和二六年八月三日死亡し、相続人のうち被告利男を除くその他の者は相続の放棄をなし、被告利男が相続して先代辰見の権利義務を承継したこと、被告らが現に右建物を占有中であること、原告らが昭和三〇年一一月二七日辰見の承継人たる被告利男に対し民法第五五七条による契約解除の意思表示をしたことはいずれも当事者間に争がない。

よつて本件の争点である右解除の効力の有無について判断する。(手附金の倍額の償還のための提供に関しては争があるが、ここではこの点はしばらくおく。)

まず、被告らの(1) の主張について検討する。本件売買契約がなされ手附金の交付があつて、約定解除権の発生を見てからその行使までに一〇年余を経過していることは被告らのいうとおりである。そして、原告らが被告らの主張する如く、昭和二四年中被告ら先代辰見を相手どり当庁に本件各仮登記の抹消、本件土地、建物の明渡の訴訟を提起し(同年(ワ)第一〇六号)、それが休止満了となつた後昭和二八年さらに被告らを相手どつて同様の訴を当庁に提起し(同年(ワ)第四九号)、敗訴の判決を受けて昭和二九年東京高等裁判所に控訴し(同年(ネ)第九九八号)、昭和三〇年七月一九日控訴棄却の判決を受け、これに対し上告したことは原告らの認めるところであり、そして成立に争なき甲第一号証、乙第一ないし第三号証に弁論の全趣旨を綜合すれば(なお甲第一号証は記載の地番等において本件物件と異るものであるも、同証が本件物件の売買契約書であることは弁論の全趣旨に徴して明白である。)、本件売買においては代金支払までは売買代金の利息として一ケ月二二〇円宛支払う約束であつたので、辰見が原告らに対して昭和二二年八月分以降昭和二三年七月分までの利息計二六四〇円を供託したところ、原告らは、売買は仮装のものであり、実質は建物の賃貸借であるから利息としての供託金は受領できぬとして供託関係書類を返還し、あわせて改めて賃料としての弁済を要求し、昭和二二年八月分以降昭和二三年九月分まで一ケ月二二〇円の賃料を延滞したとして前記辰見に対する訴、被告らに対する訴を提起したものであり、これら訴訟並びに前記の控訴審における訴訟においても、本件土地、建物の売買は仮装のもので実質は建物賃貸借であり、その建物賃貸借は賃料不払によつて解除された旨を一貫して主張し来つたのであり、本件各仮登記の抹消、本件土地、建物の明渡を求めるこれら訴訟の経過中手附金倍戻しによる解除の如きは予備的にもなさず、訴訟においてももとよりその旨の予備的主張もなされなかつたことが認められる。

以上の原告らの従来の態度に徴するに被告利男は本件解除がなされる以前において約定解除権はもはや行使せられないものと信頼したものと見るべく、かく信頼するにつき正当の事由があつたものとなすべきであり、従つて本件解除は信義誠実に反するものとして許されず、効力を生じないものとせばならぬ。(被告らの引用する最高裁判所判決の趣旨参照)原告らがすでに昭和二四年頃から本件各仮登記の抹消、本件土地、建物の明渡を請求していたことは、それ自体として直ちに被告利男に約定解除権の不行使を信頼すべき正当の事由があつたとする右判定を妨げるものではない。これら請求は約定解除権と矛盾する事実をその理由としているのであつて、約定解除権については予備的にも触れない原告の一貫した態度が継続し来つたのであるからである。

然らばその余の争点に対する判断をなすまでもなく原告らの本件解除は右の如く効力を生ずるに由なきものであるから、その有効なることを前提とする原告らの本訴請求は全部失当としてこれを棄却すべく、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 古原勇雄)

物件目録

第一、

武蔵野市吉祥寺字中道南二八二七番の九

一、宅地 一四七坪三合六勺

第二、

武藤野市吉祥寺字中道南二八二七番の五所在

家屋番号同所丙五二九番の三

一、木造瓦葺平家建居宅一棟 建坪四一坪三合

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